INSIGHT

最小構成要素としてのデータへの向き合いと、多次元な予測モデル活用による進化へ

— AI導入による企業成長の原理を紐解く

1982年にホップフィールド博士が神経細胞ネットワークを数理モデル化し、そのモデルで連想記憶現象を再現できることを提唱して以来、AI技術は現在に至るまで飛躍的発展を遂げている。2024年のノーベル化学賞受賞講演でも述べられているように、今後さらに、目的とする機能を持つ分子複合体の創出、量産化、および分子レベルでの細胞シミュレーションを通じた創薬プロセスの効率化への展望も考えられる。これは最小構成要素レベルでの群としてのシミュレーションにより、高次現象を再現して、その中で目標状態に到達するという試みとも考えられる。

これまで筆者はご縁の結果、ネットワークと時間との関係について、分子間ネットワーク、神経ネットワーク、アルゴリズム、業務など様々な観点で探求活動を行ってきており、業種観点では、金融、製造、医療分野などで取組みを行ってきた。上記試みと似た観点で、筆者らは、多次元推定的考え方が、上記取組み分野含め、組織やさらに大きなレベルで課題解決など効率的な目標到達に役立つ可能性があるのではないかと考え、試行含めて取組みを行っている。

ここでは特に、少子高齢化社会の中で企業の成長目的を果たす上でのAIの活用観点で、どのようなことが重要と考えられるかということと、それらを基に、今後の発展の方向性として考えられることについて共有をしたい。

企業の成長を目指す上でのAI活用における重要な取組み

既存の業務の効率化、標準化、高度化の実現による市場競争力強化に向けて、様々な粒度での目的とするゴールに到達するための活動でのAIの利用が考えられる。

既存業務のプロセスは、要素として、先のことを考えることと、成長につながるように必要と考えられる判断を行うことが考えられる。それぞれの要素は業務により、様々な形で組み合わされる。

成長につながるようにというのは、protectiveな、安全サイド側での観点も含み、例えば、機器などの不調の発生をできるだけ少なくなるように有効となるような先読みをするということを含む。

「予測ギャップ」を起点としたAI導入検証

先のことを考えるというのは、各時点で得られる情報を基に、オペレーションや起こせるアクションに関連する未来を推測することであり、予測ともいう。予測は、数値的なものであっても、状態的なものであってもよい。予測行為を実施する時点と、予測したい未来の時点とのギャップをここでは予測ギャップと呼ぶことにする。予測ギャップがゼロの時、AIが行うのは基本的には、画像系の主な処理ともなっている、識別と考えることができる。ただし、未来の状態について識別を行うということがあってもよい。予測ギャップがマイナスの時は過去に対しての推論ということになるが、そのようなこと自体は、現実の中では実施の直接的なニーズがないことが多いと考えられるので今回のテーマからは外すことにする。

予測は、場合により期待と区別が難しい形で取り扱われることもあるが、ここでは、程度によるが再現性をもてる可能性がある活動とする。一方、期待は、それを持つ人の頭の中で主観的なものとして取り扱われるものとするが、ただし、対象とする物事について、確率的、統計的な処理によって再現性のある形でも求めることも可能である。

ここでは、AIで行えることは、基本的には、学習と呼ばれるパラメータチューニングと推論であると考える。AIによって出てくる推論結果は、生成AIで見られるように、複数、集合体であってもよい。各種の推論情報とアクションをAIもしくは人が組み合わせることで連続的に実行するようなことをここではAI agentのタスクとする。計画は結果としてAIでもAI agentでもできるものとして整理する。

AIの活用とは、基本的には、企業の目的を果たすのに貢献するようなアクションに結びつく用途でAIを使用することとする。

AI予測モデル: 構築における注意点

AIでの再現性の高い形での予測は、用意できるデータ間の関係性を機械学習的なアプローチで学習した予測モデルを作成することで実施できる。

予測AIモデルを作る場合、下記のように注意したほうがよい観点がある。

1. 時系列データに関する制約

扱うデータの粒度や、想定する予測ギャップによって、学習に用いるデータに限りがある場合がある。例えば、数か月先や、年間レベルでの予測を行いたい場合に、月次粒度のデータを用意してモデル構築をしたい場合に、予測ギャップの大きさなどでこの制限の学習や予測への影響が起こりやすい。

2. 変数間の関係性の学習範囲

予測モデルを構築する際に、どのくらい過去のことが関わってくるか、同じタイミングでもどのくらい多様なデータを考慮するのがよいか。特に、時間粒度や予測ギャップの大きさなどで対象とできる時間幅に限りがある場合の考慮も必要になる可能性が考えられる。

3. データ表現方法の有効性

用意するデータの現状の表現方法は、推論に有効か。

4. 予測ギャップによる関係性の変化

設定する予測ギャップが複数ある場合、予測ギャップ間で変数間の関係性は異なってくる可能性が考えられる。

5. 時間経過による関係性の変化

世の中で新しいサービスが出てきたりする等、人々の生活は変わり続けており、結果として、企業の予測の対象においては、変数間の関係性は、程度はあれ、時間とともに変わり続けることが考えられる。社会レベルでの生活様式の変化等もサービスによっては需要に関係する変数間の関係性で変化発生が考えられる。

6. モデル数と予測対象の数

どのくらいの数のモデルが作成されることになるのか。予測したい種類はどのくらいなのか。

上記の課題に関して、筆者らはこれまでいくつかの手法の開発をしてきた。一部についてはプロダクトにも実装されている。AI予測モデル構築についての経験から、現時点では、筆者は、AI予測モデル構築に関しては、対象とする事象の複雑性に対して、表現含めてできるだけ包括的にデータを用意しつつも、学習をしやすい形にして現実的な時間内で作業できるように調整することが望ましく、予測ギャップの種類を考慮した形で、時間とともに変数間の関係性は変わり続けることを考慮したオペレーションを作るのがよいと考えている。

AI予測モデル: 利用時の留意点

AI予測モデルを実際に利用する際には、下記観点も留意が必要であると考える。

1. 比較方法の妥当性

モデル構築をした際に、なぜそのモデルを利用すると決めるのかということについて、モデル構築プロセスの品質観点で説明性が望まれる。現状AIを用いない形で予測をしている場合、どのくらいの予測精度になっているのかは確認しておきたい。

2. オペレーションでの活用方法

AI予測モデルが構築できたとして、そのモデルは実務オペレーションの中でどのような形で利用されるのか。
AIという名前に目が行き、企業活動の目的とは関係ない形で取組みが始まる可能性も考えられるため、そうならないように注意をしたい。AIを利用しない形ではあるが既に予測をしている業務があるならば、その部分についてAIをどのように利用するのかなどを考えたい。

3. 期待される効果と課題解決

AIモデルを利用することでどのような課題が解決され、どのような効果が期待されるのか。効果が期待できない利用方法は企業の成長目的観点と照らし合わせても避けたい。業務プロセスがどのように変わるのかということを考える際に、効果観点を持っておくと取組み観点でも説明性を持ちやすくなると考えられる。現在かかっているコストの削減となるのか、コストは追加でかかるが、生産性の向上が期待されるようになるのかなどが検討点として考えられる。考えられる効果についても検証をするプロセスを設けるとよいと考えられる。効果を考える中でAIを使わないでさらに効果の上がる方法の考案にも至るかもしれない、このような可能性も考慮しながら取組みを進めることで実際にAI予測モデル構築を利用するようになる際の説明性はより高くなり、効果のある利用の仕方にたどり着きやすくなることが期待される。

4. 取組み期間と取組み姿勢について

取組みを進める中で、データとして、現在手元にないが、有用と考えられるデータに思い至る場合がある。購入によって解決する場合もあるし、社内だが他部署に存在しており、利用について手続きなどが必要になる場合も考えられる。場合により、それらのデータを利用できるようになるまでに数か月以上の時間を要するということもあるかもしれない。取組み期間が長期になることを考慮して、効果検証と、実運用までを含めた形での取組みができるような形にしておきたい。

5. 目標・目的とのアラインメント

AIモデルの利用が効果を示せると考えられる場合に、企業全体の目的とのアラインメントを考えたい。業務プロセスの変更など複数の関係者との協議や調整の発生が必要となることが考えられ、取組みにあたり協力をすることがお互いにとってメリットが発生するような形に調整できるのが上記、取組み期間の観点でも望ましいと考えられる。

AI活用に際して期待できるメリット

1. 自社データを活用することで得られる複利的な競争優位性

これまでの歴史の中で、我々人類は、技術含めて、書籍に見るように、言語化、記述できる事柄の伝達の再現性を向上、確保できるようになってきた。さらに、AI技術の進歩によって、言語化、記述できない事柄についても伝達の再現性を確保できるようになってきた。これにより、社内のオペレーションの中で言語化が難しいような判断プロセスなどについてもAI活用の検討ができるようになってきている。また、データ表現により、時間的、地理的にも別々に存在する技術知見についても継続的に積み重ねて学習をすることで推論のパフォーマンスを複利的に上げていくことにつながる可能性が考えられる。特定のタスクにおいて、人間の識別の推定パフォーマンスをAIモデルが超えるということは実際に知られている現象であり、その発生は、さらに増える可能性が考えられる。テクノロジーリーダーズの成長の軌跡にもみられるように、自社のデータを利用してモデル構築をすることで、自社の競争優位性を複利的な形で成長させていけるようになる可能性が考えられる。

2. AI活用における障壁と対策

これまで述べてきたように、企業の成長観点でのAI活用に、複利的な形での効果が期待できる一方、効果が表れるまでには、データ用意、モデル構築から実運用まで含めて時間を要する取組みとなる場合も考えられる。場合によっては、AI活用は、組織の中のオペレーションの複雑な変更を伴うことも考えられ、効果を生み出すには、計算機での演算だけで目的が果たされず、複数の部署間での連携、利害関係調整含め、いくつかの障壁を超える必要が出てくるということも考えられる。そのような場合には、下記観点を意識すると発生する障壁を超えていきやすくなる可能性が考えられる。

3. 確率的進歩の認識獲得

ゼロか1ではなく、AI活用による取組みは、確率的な進歩を伴う可能性が考えられる。従って、精度やデータ、業務プロセスそれぞれ、うまくいく、いかないという二元論的な見方ではなく、gradientが存在するものとして捉え、○○%という形での改善が取組みの中で蓄積的に効果としてみられるようになるということが考えられる。従って、楔を打つような形で臨場感を持って進歩が伝わるような表現とともに、関係者でその進歩を共有できるようにしていくことが取組みを継続するうえで有効となりえる可能性が考えられる。

4. ケーススタディの活用

AI活用の取組みはトップダウン的に発生する場合と、ボトムアップ的に発生する場合、その両方が併存する場合など様々考えられる。そのような際、取組みの捉え方は関係者間の中で様々になることが想像される。取り組みを進める際に、似た例ですでにうまくいっている取組みが存在すれば、それらを参考にすると取組みの発展のシナリオを複数考えやすくなり、取組みにより柔軟性と頑強性をもたらせるようになる可能性が考えられる。

5. コミュニケーション上での工夫

上記に関連して、背景などの違いにより、想像される事柄が一致しない、共有、共感が難しいということも考えられる。例えば、既存技術の改善を超えるようなことの想像についての共有は難しいような場合があるかもしれない。このような場合、説明資料のみだけでなく、実際に簡便に動くものを作ってみてそれを基に議論をするという取組みにより、想像するイメージや取組みについてより具体的に話をすることができるようになるかもしれない。説明をする際には、「ありたい状態」と、「現状の状態」、「その間のギャップ」ということを共有すると、実施するアクションを明確にしやすいと考えられる。

今後の展望

AI技術のさらなる発展とともに、組織レベルの変化として、今後、下記のような変化の発生が考えられる。

AIモデルが人の識別能力に到達できるようになる効率的なパラメータチューニング技術の有効性は様々認められ、現在AI技術は継続的に進歩を遂げており、組織の中でのパラメータチューニングコンセプトが既存の領域を超えて適用できる幅が広くなる可能性と、AI活用される業務が増えていくことで、業務プロセスに組み込まれたAI間、及び処理され生み出されるデータ間の連携も進んでいくことが考えられる。これにより今後企業の成長観点での目的と、上記AI活用含めた組織活動間のアラインメントが向上し、自社データ活用による複利的成長の継続性が高まっていく可能性が考えられる。また、世の中の変化の程度とスピードを考慮した形での取組みの多様性を高めるポートフォリオマネジメント観点での企業活動方向性検討がより進む可能性が考えられる。

社会が変化、発展、複雑化し続ける流れの中で、ありたい状態にたどり着こうとするときに、AIを活用して再現性のある形で先の在り方を必要な粒度で多次元的に考えられるようになるとアクションレベルで有効策を立てやすいのではないかと考えられる。

生物学的事象の観察や発見から興味やヒントが生まれ発展してきた経緯を持つAI技術が今後も発展し、社会の様々な粒度での物事のつながりの中で活用されるようになることが想像される。

筆者

渡辺康仁

渡辺康仁Yasuhito Watanabe

InsideX Managing Director,
Healthcare Lead